命を守り暮らしを支える土木
Civil Engineering
“土木”ということば
「土木」という言葉の語源は、中国の紀元前2世紀頃の本に記載されている『築土構木』という言葉に由来し、日本で一般的に使われるようになったのは1873年(明治6)に明治政府の内務省に土木寮(その後、土木局に)が置かれ、土木行政が始まった頃からです。
日本人は古くから土と木を主な材料として、川の堤防、ため池、港など知恵と工夫で国土への働きかけをしてきました。古墳や築城も土木の技術で造られたものです。
“土木”は私たちにとって身近な存在
街を歩くときや郊外に出かけるとき、誰もが多くの「土木」を目にします。電車が走る鉄道高架、高速道路、地下鉄の駅、川の堤防、ため池、砂防ダム、発電、水道、洪水調節のための大きなダム、さらには臨海部の港湾、埋め立て地や空港も‘土木’によって産み出され、私たちのいのちを守り暮らしを支え続けています。また、工場、オフィスビルなど産業、経済活動や、家庭の日常生活に欠かせない電気、ガス、水道、通信設備などとも土木は深く関わっています。
18世紀以降、欧米ではこうした土木技術を土木工学として体系化し、civil engineering(市民や社会のための工学)と呼ばれるようになりました。
“土木”のイメージ
いつの頃からか、「土木」に対するイメージは、ヘルメットとつるはしになっています。また、自然環境を破壊している悪者のように思う人もいるかもしれません。しかし、それは間違ったイメージです。
土木は、人々にとって安全、便利で快適な環境を求めて、それを実現するための技術であり、特に日本のように自然、地形条件の厳しい国土では、先人たちの知恵と工夫を引き継ぎながら、今後も人々が安心して暮らせるように縁の下の力持ちになっています。
近年は、他分野に劣らずハイテクノロジーを使った工事などで、土木のメージは一変しています。
「土木」が国土への働きかけをし続けるための技術として将来にわたって私たちに役立つものであることは間違いありません。
“土木”と私たちの関係
実は土木は、私たち人間の普段の生活にとても密接な関係で、自然を守り、私たちの命を守り暮らしを支えています。
ここでは、神戸を代表するいくつかの土木構造物をご紹介します。
女子的土木散策レポート
神戸には日本を代表する土木施設や産業遺産がたくさんあります。今後「女子的土木散策レポート」として、日本を代表する産業遺産探検家J-heritage 前畑 温子氏による神戸の産業遺産紹介レポートを配信いたします。
NPO法人J-heritage 戦略企画室室長
前畑 温子
1984年神戸市生まれ。
写真家兼産業遺産探検家。
雑貨屋さんで偶然手にしたトイカメラをきっかけに写真の世界に足を踏み入れ、近年はカメラと一緒に日本中の産業遺産を制覇するべく旅を重ねている。デジタルフォトコンテストDPC2や池島フォトコンテストに入選。
2014年にはキヤノンギャラリーにて写真展を開催。著書に「女子的産業遺産探検」(創元社)がある。
『産業遺産の記録』(三才ムック・2012年)の表紙写真や「るるぶ九州」など、雑誌・ムックやウェブにも数多く写真・原稿を提供している。NHKBSプレミアム「新日本風土記」やBS日テレ「今すぐ行きたい!絶景!産業遺産」、NHK「ラジオ深夜便」などメディアにも多数出演。
また、NPO法人J-heritageの設立に関わり、産業遺産を巡るツアー企画の立案・ガイドなどを担当。
好きな食べ物は、カレーとアイスクリームとビール。